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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)4103号 判決

原告 安藤株式会社

右代表者代表取締役 安藤文夫

右訴訟代理人弁護士 蒔田太郎

右訴訟復代理人弁護士 宮地義亮

被告 医療法人財団協和会市原病院

右代表者理事 市原正直

右訴訟代理人弁護士 高瀬太郎

主文

一  被告は原告に対し、金八三八、〇七五円と、内金八三七、〇七五円に対する昭和四六年五月二日から、内金一、〇〇〇円に対する昭和四六年六月一日から支払ずみまで、年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金八三八、〇七五円と、これに対する昭和四六年五月二日から支払ずみまで、年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、医薬品の販売を業とする会社である。

2  原告は被告に対し、昭和三八年六月頃から昭和四六年二月一五日まで、毎月末しめ、翌々月末現金支払の約定で、継続的に医薬品を売渡してきた。右売買による残代金は、現在、八三八、〇七五円である。

3  よって、原告は被告に対し、右売買残代金八三八、〇七五円と、これに対する弁済期の経過した後である昭和四六年五月二日から支払ずみまで、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  請求原因2のうち、原告が被告に対し、昭和三八年六月頃から昭和四六年二月一五日まで、継続的に、医薬品を売渡してきた事実、および右売買による残代金として同年二月に買受の分一、〇〇〇円が現存している事実は、認め、その余の事実は否認する。

右医薬品の価額は、そのつど、原告に属するセールスマンと被告との間で取決められていた。右価額は、原告から被告に交付される請求書に記載された価額から約一割程度値引されたものであった。

原告主張の残代金八三八、〇七五円のうち右一、〇〇〇円を除く八三七、〇七五円は、右値引額の総和であるから、被告が原告に対して支払う必要のないものである。

三  抗弁

仮に、被告が原告に対し右残代金を支払うべきであるとしても、右代金債権のうち、原告が被告に対し右債権につき足立簡易裁判所に支払命令の申立をした昭和四六年四月二四日から二年前の昭和四四年四月二三日以前に成立した代金債権については、時効により消滅した。被告は本訴において右消滅時効を援用する。

四  抗弁に対する認否および原告の主張否認する。

継続的取引において売買代金の支払は、弁済期の先に到来したものから順次充当されるから、残代金債権八三八、〇七五円は、すべて、売買代金債権が成立してから昭和四六年四月二四日まで、二年を経過していないものである。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因1の事実、同2の事実のうち、原告が被告に対し、昭和三八年六月頃から昭和四六年二月一五日まで、継続的に医薬品を売り渡してきた事実および右売買による残代金として、同年二月に売渡しの分一、〇〇〇円が現存している事実は、当事者間に争いがない。

二  ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  前記医薬品の取引については、代金は、毎月末しめ、三月後の月末支払いの約定であった。

(二)  原告は、原告の被告に対する毎月の売上額から返品額を差し引いた額に、計算上その月までに累積していた被告の原告に対する未支払額を加えた額をもって、その月の請求額として請求書に記載していた。そして、取引の継続している間は、同様の方法を繰り返し、最後の昭和四六年二月の請求書には、当月請求額として八三八、〇七五円の金額が計上されている。

(三)  右取引において、被告からの注文を受け、その医薬品を納入し、代金の支払いを被告に請求し、さらに代金の支払いを受ける業務のほとんど全部を、原告の特定のセールスマンが担当し、終始ほぼ同様の手順で右業務を行なっていた。右セールスマンは、医薬品の注文を受ける際、被告の病院で、直接に同理事長市原正直に会うこともあり、同人から医薬品の価額につき一割程度の値引を求められることが少なくなかったが、セールスマンは原告会社の上司の承認なく値引をする権限を与えられておらず、この要求に対し承諾の意思を表明することはしなかったものの、一方、同様に被告と医薬品の取引をする薬品会社数社との競争関係もあり、できる限り有利な取引を継続したいことから、右要求に対し、とくに明示的にこれを断わる意向を明らかにすることもしなかった。もっとも、一方では、製薬会社から許容された範囲内で、注文の医薬品と同一の物を相当数量無償で添付して納入するという方法により、実質的な値引をすることはまれではなく、この場合は、納品の数量や代金の請求金額には一切無関係とし、その他、代金の支払状況に応じ、請求金額中の僅かの端数をセールスマンの責任において切り捨てることもあった。

(四)  原告会社では、前記のとおりセールスマンも、また会社自体も、値引を承諾することはしないので、毎月の代金の請求に当っては、個個の納入品ごとの定められた単価にしたがって、これを合計したものを売上額とし、前記(二)のとおり、請求書を作成して、被告に交付することを続け、このことは取引の継続中変わることはなかった。

(五)  被告側では、市原理事長が、病院備付の注文帳に、自ら要求する値引後の価額を記載し、他の従業員が医薬品の注文をする際の指示とするとともに、病院の事務長幸田忠男は、後日、原告から請求書の交付を受けると、右注文帳に記載された価額に基づき、右請求書の該当部分に医薬品の値引額を書き添えるのを常としていた。

(六)  原告のセールスマンが、毎月、被告の病院に代金の集金に行くと、市原理事長は、前記約旨にしたがい代金支払時期に当る月の買掛分の額から前記値引額を差し引いた額に相当する額面の小切手を振り出すだけで、請求書中に未支払分として計上されている従前のいわゆる値引額の累積分を支払おうとしたことはなかった。

セールスマンは、前記(三)に認定の、競争会社との関係や取引の継続を望む気持から、理事長の振り出す小切手をそのまま受け取るだけで、いわゆる値引分およびその累積額の支払いを求める意向を明らかにすることはなかった。また、原告会社自体としても、右同様の趣旨から、取引の継続している間、前記請求書を発行することのほか、被告に対し直接に、右のいわゆる値引分や累積額の支払いを強く請求したり、担当セールスマンにその旨命じたようなことはなかった。

(七)  一方、被告側でも、毎月交付される請求書の記載により理事長の要求する値引額が少なくとも請求書の上では少しも考慮に入れられず、これがそのまま支払いの残額として月月に累積していくのを知りながら、これらの額の支払いを強く請求されることのないまま、右の点の解決を積極的にしようとはしないで、原告との取引を続けていた。そして、結局、原告会社が倒産しそうであるという某製薬会社の情報を知るに及んで、昭和四六年二月、被告は、原告との間の医薬品の取引を打ち切った。

(八)  原告は、その後間もない昭和四六年四月、被告との取引を所管する足立支店を閉鎖し、一方、同月二四日、被告を相手どって、前記累積額につき、足立簡易裁判所に支払命令の申立をした(この支払命令申立の事実は、当裁判所に明らかである。)。

(九)  被告は、昭和四四、四五年頃、原告のほか、中川安株式会社、くらや薬品株式会社および加藤薬品工業株式会社からも医薬品を買い受けていたが、これらの会社は、販売価額の一割程度の値引をしていた。

(十)  右中川安株式会社は、昭和四六年九月までは、原告と同様、毎月、その月の被告に対する納入額に、それまで累積した値引額を加えた額をもって、その月の被告に対する請求額として請求書に記載していたが、翌一〇月からは、右累積額の支払いを受けないまま、被告の要望に応じてその累積額を請求書に計上することをとり止めた。

≪証拠判断省略≫

三  以上(一)ないし(八)の事実からすると、原告自体およびそのセールスマンとしては、被告に対し、販売価額からの値引を承諾せず、あくまで請求書記載のとおりの金額の支払いを請求する趣旨を、明瞭に分らせる努力をすることを怠っていたとのそしりを免れないが、その反面、被告としても、毎月交付される請求書に、値引された金額が記載されず、累積する未支払額がそのまま計上されているのに、これを原告と直接かつ真剣に値引交渉によって解決しようとはせず、一介のセールスマンにその希望を伝えるだけで、とくに反対の意向が強く示されない状況に漫然安んじていたきらいのあることを否みがたい。

これを要するに、被告との取引が継続している間、原告ないしそのセールスマンが、代金の残額の支払いを強く要求しなかったことから、原告が被告の求める値引を承諾し、法律的にも被告に対し請求することができないものと解するのは適当でなく、被告が月月に一方的に値引したことにして振り出す小切手による支払いを、原告において、売買代金残額の一部支払いとして、その受領を許容していたものと解するのが相当である。そして、前記(九)(十)の事実をもってしても、右の認定を左右するに十分なものとはいえない。

以上の事実によれば、原告の被告に対する本件売買代金の残額は、冒頭に判示の一、〇〇〇円を含め、八三八、〇七五円であると認めることができる。

四  (時効の抗弁について)

被告がした毎月の代金の支払いは、前項に認定し判示したとおり、売買代金額の値引きにつき原告の承諾をえたことの確認をしないまま、その一部支払いを継続していたことに帰するのであり、被告において、毎月の支払分を、とくに、その支払分に対応する月の売買代金にだけ充当し、それ以外のものに充当しないとの意思が明確に表明されたとは認めがたく、従って、前記認定のように、代金の未払分がある場合に被告の支払いは一部支払いに過ぎないことになり、それが債権の弁済期の時期的に古いものに順次充当される結果になっても、被告の意思に反するものとまではいいがたいし、そのことが格別被告にとって不利益になる事情も認められない。従って、被告のした毎月の支払いは、民法第四八九条所定の法定充当により、未払代金のうち被告のため弁済の利益の大きい弁済期の古いものに順次充当されたものと解するのが相当である。

そして、≪証拠省略≫によって認められる各月の売掛代金の額、毎月の支払額およびその残額の推移をみると、原告の請求する残代金債権八三八、〇七五円の中には、原告がその請求のため足立簡易裁判所に対して支払命令の申立をした昭和四六年二月二四日までに二年の時効期間が経過した部分のないことが明らかであるから、時効の抗弁は採用できない。

五  以上の事実によれば、原告の本訴請求は、前記売買代金残額八三八、〇七五円と内金八三七、〇七五円に対する約定の最終月分の弁済期の後である昭和四六年五月二日から、内金一、〇〇〇円に対する弁済期の翌日である同年六月一日から支払ずみまで、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書、仮執行の宣言につき同法第一九六条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 井口牧郎)

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